プロフィール

さとうのりよし

Author:さとうのりよし
日産スタジアムから東新宿真昼の月夜の太陽、
東京ドームからラゾーナ川崎プラザソル、
歌舞伎座・演舞場・国立劇場(大・小)・コクーンシアターから
世田谷パブリックシアター・青山円形劇場、新宿末廣亭まで、
ありとあらゆるところに神出鬼没します。
あと、中小のイベントにも参戦しています。
イベントの際のサークル名は、
『春待気流』で参加している事が多いです。
あと、会社員もしているようです。(汗)
歌舞伎は大播磨(中村吉右衛門丈)、
落語は林家正雀師匠、
講談は神田愛山先生、
プロレスはバチバチ(池田大輔選手)と、
質実剛健かつ誠心誠意、
スタンダードなスタンスを是としますが、
時折毒吐いたり悪態付いたりするのはご愛敬?
って事でよしなに願います。
二郎のホームフィールドは神保町、
中本は御徒町メインです。
当ブログは
「春夏秋冬(2010年11月以降は東新宿『真昼の月、夜の太陽』で開催されるライブイベント)」
「MILDS(武花正太さん)」「サトウリュースケ(佐藤竜輔さん)」「高橋徹平さん」
「sallie(吉田小百合さん・新井沙織さん・菊井健宗さん・武花正太さん・武井達郎さん)」
「momo(高橋勝さん、烏山亮さん、折井正光さん、しみずあすかさん)」
「Citty(グミさん、けんたろうさん、岸田小石師匠、森亘さん、)」
「全力少年」あらため「世界少年」(鯨井春樹さんと吉田悟さん)」
「同心円」(高橋晃さん、竹内 洋平さん)
三輪美樹生さん、
片山遼さん、
関隆浩さん、
原口誠さん、
in state(三輪美樹生さん、はるおさん、安藤乱さん、タカイテツシさん)を
応援します!
自画像欄に写ってますのは飼ってた犬さんです。
(2006年他界)


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DATE: CATEGORY:舞台・演劇


って事で日曜のポレポレ東中野レポです。

今回の記事、まず、あまり偏らずに記事を書いたつもりですが
ひとりのミュージシャンが自ら命を絶ってしまうまでの流れを描いた映画と言う事もあり、

一応ワンクッション置かせて頂きます。
下画面をスクロールされる方は自己責任で、また記事をご覧になられる自信の無い方は各々の閲覧ソフトの、
『戻る』等を押されて当ブログから退かれるのが無難と考えます。

それでは続きに参りましょう。


日曜はチェックアウト起源ギリギリまで大塚某宿に居りまして、
そこから一旦上野まで荷物を預けてから東中野に入りました。
(東中野に来るのは6年前、当時のフロウズンの西荻窪ターニング(業態変更前)でのライブを観に行った際にこれまた当時営業してた研修所タイプのビジネスホテルに泊まって以来)

予告編も観ておいて、かなり激しい内容になると考えてましたので、
この映画を観た(8/31昼の部)1週前の野田かぶき(当時秋元道行氏公演(現・海老蔵丈門下市川道行氏))同様に、
どんな事が起きても怒らない、憤らない、全ては自己責任、と心に決めて、
客席に陣取りました。この日(8/31)の昼の部、ざっと30人くらいの入りだったと思います。

って事で感想に参りましょう。



ツイリンクでも記しています通り、フィクションの部分の味付けが合わなかった面はありました。

終演後太田監督と主演の富永蔵人さんのトークショーがありましたが、
終演時点でトークショーを待たず席を立った方が2名ほど居られたように思います。
そしてお二方のトークショー、質問コーナーの際の私の質問からの返答という形でしたが、
太田監督と富永さんにとっては増田さんは高校時代のスーパーヒーローだったとの事で、
その思い入れがこの映画のかたちになっていった事を知ったときに、
私さとうの中でこの映画を受け止められたと思います。

話を戻しまして、お二人の私への返答の中でグランプリを受賞した時点で、
増田さんは高校を中退してしまったとの事でしたが、
そのグランプリ受賞の2000年頃は、まだ音楽業界も今と比べてまだ脈はあった頃だったと思いますので、
一概に増田さんや周囲の決断の是非を問う気にもなれませんでしたね…。
ただ、今(2014年)だったらどうだったろうなぁと思いますが。
落語講談の伝統芸能界隈でお弟子さんになる場合などもそうですが、
学校を出てからと言う形にはなっていたと思います。

『天才』であったと言う事は、太田監督富永さんのお二人から感じ取る事は出来ましたが、
今の世の中、特に音楽エンタメ界隈に関して言えば、『天才』はむしろ必要とされていない状況です。
世に天才が10人板としてそのうち1人、多くても2人くらいなのではと思います。
私さとうの周囲で言えば、フロウズンの富田雅奥さん、そしてMILDSしょうたさんは『天才』と見ていますが、
雅奥さんは去年4月末を持ってフロウズン無期限凍結と言う形でステージを降り、
しょうたさんも今は郷里松山に戻っています。

実際問題、必要とされているのは、ほぼレコード会社やTV局の言いなりに動いてくれたり、
無理にカッコつけてイケメンぶらず、この人等なら『裏切り』はないだろうと思わせるような
送り手、受け手にとっての『都合の良い存在』なのではと思います。
ただ、その『都合の良い存在』も競争が激しく、
その存在になりえずステージを降りていった人達も少なからず居る事も付け加えて起きます。

話を戻しまして、映画になっていたのは増田さんの活動末期、郷里の志木に戻ってからと、
そこでの活動と最期を迎えてしまうまでの描写が主で、太田監督も富永さんも増田さんと交流を持つようになったのは
増田さんの没年2010年から遡ってから7年との事で、
高校中退後も出身校でライブを行い満員を重ねていた頃の描写をもっと見てみたかったと思いました。
その時の状況下でどんな人達が周囲に居たか、その後どんな人達が去って行ったかも見てみたかったです。

映画での終盤、ついに増田さんもネクタイを付け仕事に就くようになり、
富永さん?とのスカイプでの交信中、死んだ魚のような顔になっていた場面がありましたが、
あの表情になっている人間はこの世に沢山居ると思います。私さとうもあんな表情になっている事もあります。
でも死にたくはないから生きているんです。
私さとう、あの状況下であの選択をする事も勇気と才能が要る事だとも思います。
でもそれは局限下での狂気を伴う決断でしかない面もありますが。

そして、大詰め、増田さんの『姿』が一瞬でしたが映りました。
私はあの『姿』を見たのは通算2度目でした。

何度かこのブログでも記していますが、私も6年前、大学同期の友人を亡くしています。
状況も社会的なポジションも増田さんの時とは違う事は沢山ありましたが、
私の場合、6年前の事もあったので今回見ておこうと思っていたのです。

この映画が自殺防止に繋がるかと言われれば正直微妙ですし、
人によっては怒る人も居るかも知れない、いや、確実に居るでしょう。
だから私は積極的に勧める事はしません。
が、どうしても見たいのであれば、先述の、
どんな事が起きても怒らない、憤らない、全ては自己責任と決めた上で見て、
その後、太田監督(今のところ全上映後に何らかの形で出て来られているようです。)に聞きたい事が
あれば聞いてみて、そこまでしてからこの映画の是非と、増田さんの道のりの是非を各々が判断されればと思います。

残された人達がすべき事は、私の大学同期で6年前亡くなった友人と私以上に親しかったタケさんこと
大竹則好さんの歌『精一杯の抵抗』のように、

増田さんがこの世に戻ってきたいと思わせるくらいに一生懸命に生きる事だと思います。
そう考えれば富永さんのお子さんは増田さんの生まれ変わりでは無いと思いたいですし、
多くの人を置いてこの世を去ってしまった増田さんをそう簡単に生まれ変わらせてはいけないと、
私さとうは思います。

私自身、チェーホフの『かもめ』や去年は『自殺』をテーマにした小演劇、JACROW#17『カルデッド』を観てきましたし、
あと、伝説の最狂かつ最凶のパンクパンド、
『超光速自殺』の横断幕
ハイテクノロジースーサイドのライブも観ています。
私自身は、狂い死に、野垂れ死には上等と思ってますが、
自分で自分の命日を決めてしまうような真似だけは絶対にしないと言う事をあらためて誓った日でもありました。


って事でトークショーも終了し、ロビーにて富永さんに挨拶しまして東中野を後にしました。
その後は西武ドームに向かい、




18きっぷでの北関東方面終電時間である19時50分までの間、
野球観戦をしてから帰路につきました。

明日も上京しますが今日は色々キー打ちに勤しもうと思います。
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